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「千と千尋の神隠し」
初めて見たときは、クライマックスで千尋とハクが手を繋いで空を飛ぶシーンに鳥肌が立ち(すみません。悪い意味で)、もちろん面白かったことは面白かったけど、個人的なジブリランキングではそれほど…って感じだったのですが。
新聞やら雑誌やらの解説や論評で、「やっぱりジブリ。さすがジブリ。奥深い世界が描かれている」的なことがよく言われていましたし(…ような記憶があるのですが・汗)、うむ、そう言われればそうかもな~と思っていたので、よし、いろいろ考えながら見てみよう、と決めてテレビに向かいました。
ということで、相も変わらずグダグダな感想です。

約2時間の中に、様々な要素というか、問題の種というか、示唆・教訓みたいなもの(?)が散りばめられてますよね~。
とはいえ、やはり、一番おもしろいのは世界設定ですよね。

いろんな人が言っていると思いますが、ラストでハクが千尋に「来た道を帰るんだ。トンネルを抜けるまで振り返ってはいけないよ」と言いますが、トンネル(洞窟)を抜けるまで振り返ってはいけない、というのはイザナギ・イザナミの物語で有名なエピソードなわけで。(…いや、ギリシャ神話でしたっけ?)
あの世界は八百万の神が集う場所で、死者の世界に近いんでしょうね。たぶん、生者と死者の中間的な。その中で興味深いのが、電車。釜爺いわく「最近は行ったら行きっ放しで、戻りの電車がない」とのこと。これこそまさに、死者の世界に行く電車じゃないですか!死んだら(逝ったら)、戻ってこれませんからねぇ、私達(笑) また、電車は湯屋の橋のはるか下を通っていて、神様が乗るものではなさそう、というのも示唆的な感じがします。
千尋が人間の世界に帰るためには、電車に乗って沼の底(死者の世界)に行くことが必要だったんでしょうね、きっと。それまで千尋は「千」という存在になっていたわけですから、死者の世界に行って「千」という存在を葬って、「千尋」として生き返る。銭婆婆と別れるときに言いますよね。「私の本当の名前は千尋」だと。あれは「千尋」として生き返る宣言なわけですよ。また、ハクが沼の底(死者の世界)からの帰りに、本当の名前を思い出す(手に入れる?)というのも、「千→千尋」と同じプロセスを辿ったんだと説明できる気がします。
修験道の修行で、山に入って崖から頭を下にして半身を突き出す修行がありますけど、あれは、一度死ぬことを意味するのだそうです(確か…)。そして、山をめぐることで、再び生き返る。
同じ原理な気がします。…強引ですか?(笑)

他にも、湯屋のこととか、湯婆婆との契約のこととか、そもそもあの世界(八百万の神が集う場所)での「存在」はどのように決められるのかとか、考察の種が随所にある感じですね。
うむ、面白い。
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